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徒然なるM.M

私ことM.Mの徒然ない日常を綴った日記

聲の形 感想

 昨日今日とずっと吹奏楽漬けの2日間でした。昨日は名古屋に遠征にいって、今日は普通の定期練習でした。2日連続でしたので、今日の練習はすこぶる調子が良かったです。やっぱり毎日吹く事が一番ですね(今はとても出来ませんが)。

 つい先日ですが、タイトルにあります通り聲の形というアニメを見ました(公式HPはこちらからどうぞ)。世の中的に非常に注目が集まっていたアニメという事でいつか見ようと思っていたのですが、たまたまNetflixで配信しているのを知ったのでこの瞬間しかないと思い一気に見ました。正直、もっと早く見ておけばよかったと思いました。

 2016年9月17日に公開された作品です。奇しくもこの年は映画「君の名は。」が公開された年でもあり、興行収入としては「君の名は。」の方に大きな注目が集まりました。それでも、「君の名は。」に隠れる事は無くこの「聲の形」も非常に評価の高い作品として多くの方に支持されておりました。「君の名は。」については過去に日記の方で感想を書いております。正直、自分にとってはただただ劣情と気恥ずかしさを覚えただけの作品でした。ですがこの「聲の形」からは、アニメーションだからこそ出来る表現と人間誰しも抱える弱さコミュニケーション不全というものに焦点を当てた考えさせられる作品に思えました。以下ネタバレになりますので、ご覧になりたい方は[聲の形感想]の続きを読むからどうぞ。反転です。


 皆さんは登場人物に対してどのような感想を持ったでしょうか。いじめっ子は擁護出来ない、みんな自分の事ばかり考えている、擦り付け、悲劇のヒロイン、そんな事を思ったろうと思います。ですが、その気持ちは作品の序盤と終盤で変わらなかったでしょうか。私は大きく変わりました。序盤の小学6年生時代、いじめの描写は小学生らしい無邪気な好奇心がリアルに表現されておりました。根本的に悪い事だと思っていない、思っていても好奇心に簡単に負けてしまう、そんな様子が心を締め付けました。結果として西宮硝子は転校し、石田将也は新しいいじめの標的になりました。正直、ざまあみろと思いました。あれだけの事をして当然の報いだと思いました。ですが、その後の高校3年生時代を見てその気持ちはどこか淡く溶けていきました。

 この作品は全体を通して人の声がよく聞こえませんでした。始めは自分が使っているスピーカーの問題かと思いました。ですがどれだけ音量を上げても聞こえないものは聞こえませんでした。不親切だなと思いましたが、見続けるにつれてこれこそアニメーションならではの演出だと思いました。声が良く聞こえないのに対し、花火の音やBGM、そして最後の文化祭での雑踏はしっかりと聞こえたのです。これって、主人公石田将也の心を表現したのだと思っております。いじめられて周囲と向き合う事が出来なくなった石田将也。それは学校の生徒の顔に×が付いている演出からも良く分かりました。ですが、それは視覚だけではなく聴覚も同様でした。きっと、他人の声を聴くのが怖かったんですね。その証拠に、母親やマリア、永束友宏の声は良く聞こえました。そして西宮硝子の告白の声は届きませんでした。これこそ、アニメーションだからこその技だと思いました。

 この作品において、明確な悪者や正義という物はありません。アニメの記号的な主人公やヒロインもいません。いるのは本当に等身大のリアルなキャラクターだけでした。小学6年生時代、正直言って西宮硝子以外の全ての登場人物が屑に思えました。直接的にいじめに加担しなくても見て見ぬふりをしたクラスメイト、どこか配慮が形式的で踏み込めない教師陣、誰もが事なかれ主義で逃げ続ける姿にイライラが募りました。ですが、イライラが募るのは自分にも心当たりがあるからだと理解しました。現実では中々正義を貫く事が出来ない。せめてアニメの世界では正義を貫いて欲しい。ですがそれは無残にも達成されなかった。だからイライラしたのだと思います。そんな屑な登場人物でも、最後の最後には愛おしく思えるのだから不思議なものです。

 どんな人にも長所と短所があります。そして消し去りたい過去を持っていると思います。もしあなたが現在生活している中で会話している人が、友達が、実は過去にいじめっ子だったと知ったらどう思いますが?許しますか?許しませんか?私の場合は、ただ戸惑うと思います。そんな事聞かされてもどうするの?って事です。何故なら、今その人はいじめっ子では無いからです。そんな自分の知らない過去を聞かされても関係ありません。人の印象は、自分が出会ってからがスタートでそこからの積み重ねだと思います。そういう意味で、小中学校のいじめっ子は今でも大嫌いです。どんなに真人間になったとしても、自分は絶対に会おうなどと思いませんね。そんな風に、自分が自分の抱える弱さを自覚したのなら、その瞬間から変えようと努力すれば良いのではないかと思います。

 石田将也は自分はいじめられて当然の人間だと思っておりました。自分は社会に生きていてはいけない、人とコミュニケーションをとってはいけない、そんな風に思ってました。ですが、中学高校で初めて出会った人はそんないじめっ子の石田将也を知りません。石田将也という人物を判断するのは、今この瞬間の行動を見るしかないのです。そして、中学高校で出会った人は石田将也にいじめっ子という印象は持ってません。いじめっ子に代わって、孤独で会話をしない人と言う印象を持っております。いじめっ子という印象が消えたからそれで良いのでしょうか?そんな事はありませんね。いじめっ子に関わろうとしないと思いますが、会話をしようとしない人にも敢えて関わろうとしないと思います。

 だからこそ、最後の最後で石田将也は人とのコミュニケーションを取ろうと思ったのだと思います。その瞬間、今まで見ようとしなかったものが見えるようになりました。聞こうとしなかったものが聞こえるようになりました。ここから、新しい石田将也が始まるのだと思いました。今までのいじめっ子や孤独な姿を知っている人は、中々そのイメージを変えるのは難しいと思います。私のように、一生そのイメージが付きまとう人もいると思います。それでも、人は弱さを認識したらそれを変える選択肢があります。そしてそれは、新しいフィールドになった再スタートを切れるという事です。これから石田将也を始め、西宮硝子や他のクラスメイトがどう生きるのか。それを決めるのは彼ら自身なんだなと思いました。

 人間は誰もが弱さを抱えています。そしてそれを隠して生きています。そうであるのなら、わざわざそれを掘り起こす必要は無いと思いました。それでも掘り起こしたいと思ったら、それを受け止める覚悟とこれまでの関係が変わるかも知れない覚悟を持たなければいけませんね。相手の事なんて分かりません。自分は自分です。良いも悪いも、好きも嫌いも、全て含めてあなたは自分を愛せますか?誇りを持てますか?そんな普遍的なテーマを扱った、非常に綺麗な映像と透明感のあるBGM、そして音と声に拘った心に染みわたる作品でした。そして、このリアルなキャラクターをどう思ったかを多くの人と語り合いたいと思いました。絶対に見た人の数だけの印象が出る作品だと思いました。素晴らしかったです。
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  1. 2018/09/02(日) 22:15:44|
  2. アニメ
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ビジュアルノベル部ソムリエ担当。
【ビジュアルノベル】同人多め
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